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「40代最後、オヤジ記者の第1回大阪マラソンへの道」

おっはようございま~す!

よみファ編集長の大西 秀雅でございます。

1030日に行われます「第1回 大阪マラソン」に出場することに、あいなりました 本番まで1か月半。

思えば、大学2年の長女が生まれた年にスパッと禁煙 不摂生がたたって成人病一歩手前でジョギングを始めたのが高3の長男が誕生した翌月

とういうわけですから、私めの禁煙歴と走歴は、わが子2人の年齢を見れば分かるという仕組まれた案配になっとります、ハイ。(o^-^o)

とはいえ、曲がりなりにも18年間も走っている市民ランナーの端くれですから、「第一回大阪マラソン」に出場できるというのは、本当は願ってもないことなのです。

ところが、単純に喜べないのが実に辛いところ、トホホ。

それは今年3月のことでありました。

サクラのつぼみがほころび始めたころ。いつものようにご機嫌さんで、泉州の自宅周辺を「ランララン、ランララン、ランラランララン」と走っておりやした。

信号待ちで立ち止まり、何気なく屈伸をした直後です

左脚のひざ裏周辺に激痛が走り、脚全体に力が入らず、自力で立ち上がることができないではありませんか 

脚が笑うとはこういうことを言うんでしょうしょうか。もし、言うなら「脚が大笑い」です

初めて経験する痛みに「なんじゃ、こりゃ」状態です。

その日はどうにかこうにか、自宅にたどり着きましたが、その日から整形外科通いが始まりました

MRIやレントゲンを撮ってもらっても一向に原因が分からず仕舞い。普段の生活では痛みは発症せず、ランニングでも3㌔を超えたあたりからもたげてきます。

あれから半年…。

大阪マラソン出場の吉報も、その時点では40数㌔先をこの脚で走ることなんか夢のまた夢といった状態でしたが、

捨てる神あれば、拾う神あり

少し風向きが変わってきた出来事がありました。

続きは…。